プロフィール 

~私のライター履歴~

 


デザイン事務所期

 

大学生時代に『ワープロ打ち』のアルバイトをしていました。
データ入力やテキスト入力と言われているやつです。
在宅ワークではなく、事務所でひたすらタイピングです。
そこに通ううちに『デザイン事務所』を紹介してもらい、大学卒業後もそこでアルバイトを続けていました。

バブル期でしたので、仕事はいつでもありました。デザイン事務所なのに『編集プロダクション』のような仕事も受けていました。雑誌の誌面も担当するわけです。
締め切りがいつもタイトで、仕事が来たら一気に提出までもっていくスピーディさが求められました。文章構築の早い私は、かなり重宝がられました。

その頃は進学塾の教師をしていましたので、時間のあるときだけ通っていました。
そして世の中が移り変わります。

 


webライター期

 

巷間によくある『在宅ライター』の仕事です。
進学塾の教師は兼業がしやすいので、家業を手伝いつつ、二足のわらじならぬ、三足のわらじを履いていた感じです。
自分で仕事を選べることと、自分のペースで追加できるので、かなり長く続けていました。結構最近までやっていました。
複数の大手に登録して仕事を受けるのですが、このシステムって『冒険者ギルド』に似ている気がします。指名以来もよくきますし。

この頃のライティングで、せっかく提出したものがリテイクになったり、評価C(たとえばですが)になったりすることがあり、完成させるだけでなく、文章クオリティにも気を使うようになりました。

 


ゲームマスター期

 

有限会社『ホビー・データ』で4年弱、ゲームマスターをしていました。
商用PBMと言われるもので、ユーザーがお金を払い、キャラクターを作成。それを小説に登場させるものです。
毎月締め切りがありますが、仕事もありましたので、結構大変だった思い出があります。

最終的にゲームマスターを指導する『グループリーダー』という役職につき、全体の基幹シナリオのひとつを任されたりと、それなりの活動をしていました。

ホビー・データの看板ゲームであるアラベスクシリーズを担当していたこともあり、毎月多くのファンレターをもらい、「こういうのいいかも?」と思い始めました。

また、ホビー・データ出身のライトノベル作家A氏からは、個人的にシナリオや小説のノウハウを丁寧に指導いただきました。
当時まだA氏はデビュー前で、編集の仕事をしていたのですが、私を出版社に連れて行ってくださったりと、様々期待をかけていただきました。

 


ゲームシナリオライター期

 

ホビー・データが急速に傾く中、webライターの仕事を続け、ライティング仕事の中身を通常の案件から、ゲーム方面にシフトさせていきました。
この辺は、ホビー・データの仕事経験が生きていたと思います。

この頃になると、検索に引っかかるライター登録業者にはすべてエントリーしていたと思います。
ゲームライティング仲介業者に登録したのもこの頃です。

ここでライター担当のH氏と出会います。
当時はブラウザゲームが全盛で、そういったゲームが月に何十本とリリースされている時代でした。
H氏から次々と仕事を依頼され、ときには中途でデスマーチになっているところへヘルプで参入したりと、ゲームシナリオライティングの経験を積ませていただきました。

時代の変遷とともに出版業界は不況の時代に入っていたからでしょうか。出版関係で受けていた仕事で、立て続けにライティングの仕事を反故にされたり、相手との連絡がつかなくなったりと、口約束ゆえのいい加減さで、腹立たしいことがおきました。
出版業界はアテにならないと、後ろ足で砂をかけて、そこから去っていきました。

 


「小説家になろう」出会い期

 

いつだったか、たまたま夜にヒマな時間があり、ネットサーフィンで見つけたweb小説を読んだところ、とてもおもしろく、記憶に残った作品がありました。
読んだのは『魔法科高校の劣等生』です。

すぐに忘れ、何年(?)か経ち、それが書籍で売られていること、web小説の方は削除されることを知り、慌てて読み直しに行きました。
そのときはじめて、当時訪れたサイトが「小説家になろう」であることを知りました。個人でwebサイトを運営し、小説を発表しても読むに来てくれる人は限られますが、こういう大手のサイトに投稿すれば、多くの読者に読んでもらえるのだなと、半ば感心した思い出があります。
『魔法科高校の劣等生』は消される前にpdfで保存し、いまでも大切に持っています。

 


「小説家になろう」投稿期

 

ゲームシナリオライティングの合間に通常のwebライターをしていましたが、また小説を書きたくなります。
いつかあったあのサイト、名前なんだっけ……ということで、「小説家になろう」を探して、再び訪れました。

累計1位は「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」に変わっており、それを読みつつ、会員登録し、投稿をはじめました。これが2012年のことです。

小説の投稿をはじめたものの、年内にはいなくなっているかも。というレベルの熱意でした。
出版社もしくは出版業界にはいい思い出がないため、もし書籍化の話が来ても断ろうと思っていました。
ただ紆余曲折というか、投稿した小説に次々と書籍化の話がきたことで、この業界に舞い戻ることになったわけです。

 


書籍化作家期

 

忙しさでいえば、この時期が一番忙しかったでしょう。
ゲームシナリオライターとwebライターは、本数こそ減らしていましたが、完全に止めたわけではなく、それに加えて「小説家になろう」への投稿も続けていました。
そして作品の書籍化作業が待っているわけです。
どれだけ忙しいか分かるというものです。

書籍は、複数のシリーズを同時に出版していましたので、1カ月おきに発売ならばまだいい方で、2カ月連続刊行や、同月に2冊刊行ということもありました。

なかなかハードなスケジュールだったと思います。

 


電子書籍作家期

 

とあるゲーム会社の人と面接したとき、私が社内で一番年上だったことを知り、愕然としました。
たしかにゲームシナリオライターをはじめたのは独身の頃。
いまは結婚して、子供はもう……大学生です。
そりゃ、歳をとるわけだと納得です。

自分が最年長だと、さすがに双方ともやりにくいだろうと考え、現在、ゲームシナリオライターはほぼ開店休業状態です。
話が来れば受けますが、積極的に仕事探しはしていません。

ただ、創作活動と執筆意欲は失われていませんので、何か別の形、もしくはしっかりとした形で世に残したいと考えました。
これまでのキャリアを生かし、何かないだろうか。
そう考えて、電子書籍の分野で活動していこうと考えました。

そして今に至ります。

 

 


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